第1部:目標実現に向けて日課が果たす重要な役割(選択された抜粋と動画クリップ)
第2部:世界の構造の概念:バール・ハースラム『カバラの知恵の序』』、項目5(英語版)
1.ラバシュ、メモ 記事第875番「三つのライン・4」
私たちが「カバラの知恵」という上層のことについて学べるのは、「セグラ」(救済策/力)による方法を通してだけです。これは、聖なる名について語ることがケドゥーシャ(神聖さ)であるゆえに、人がクリエーター(創造主)と結びつくことを望み、憧れる気持ちを抱くようになるためです。(中略)人が、ケドゥーシャ(神聖さ)に近づくことを意図して上層のことについて学ぶと、光を近くに引き寄せます。つまり、この学びが人に報酬を与え、すべての行動を授与の意図で行えるようにするのです。これを「準備過程での務め」と呼びます。ここで、人は王の宮殿に入り、クリエーターに結びつくにふさわしくなるよう自分を整えるのです。
2.ラバシュ、記事第647番「祈りには欠乏が必要である」
賢者たちは「トーラーのための時間を定めよ」と言いました。
「定める」というのは、たとえ自分に欲望や必要性を感じなくても、トーラーを学ばなければならないということです。なぜなら、トーラーそのものが、学ぶ者にケドゥシャ(神聖さ)をもたらすからです。学ぶ必要性を感じていなくても、それがもたらされるのです。
3.ラバシュ、記事第12番(1988年)「クリエーターの道におけるトーラーと仕事とは何か」
人は、学びに入る前に多大な努力を払わなければなりません。そうすることで、その学びが実を結び、良い結果がもたらされます。つまり、その学びが「トーラーの光」をもたらし、その光によって人は、自らを正しく改める力を得られるようになるのです。
4.リクテイ・ハラホット、ホシェン・ミシュパット、第3章:30
クリエーター(創造主)への務めにある本質は、意志にあります。各自がどれだけ自らの意志を強め、クリエーターへの願望や憧れ、切望を育てるかによって、クリエーターとトーラー、ミツヴォット(戒律)に近づけるようになります。
5.ラバシュ、メモ 記事第875番「三つのライン ・4」
人が自己愛から抜け出し、リシュマというすべてを授与のために行う境地に報われるまでは、これらのことを学んでいても、それらはただの名前にすぎず、何も明白になりません。つまり、学んでいる内容について、何の理解も得られず、何かを達成することもないのです。これは、「聖なる名」もしくは「セフィロトやパルツフィム」と呼ばれる上層の根源について、何の知識も持っていないからです。
私たちが「カバラの知恵」と呼ばれる上層のことについて学べるのは、セグラ(スピリチュアルな力)によってだけです。この学びが、聖なる名について語るというケドゥシャ(神聖さ)を通して、人にクリエーター(創造主)結びつきたいという欲求と切望をもたらすからです。
6.ラバシュ、メモ 記事第875番「三つのライン・4」
人が、ケドゥーシャ(神聖さ)に近づくことを意図して上層のことについて学ぶと、光を近くに引き寄せます。つまり、この学びが人に報酬を与え、すべての行動を授与の意図で行えるようにするのです。これを「準備過程での務め」と呼びます。ここで、人は王の宮殿に入り、クリエーターに結びつくにふさわしくなるよう自分を整えるのです。
7.バール・ハスラム「十個のセフィロトの研究の序文」第155項
人がこの知恵に取り組み、魂に関する光と器の名前を唱えると、光がある程度まで照らされ、人は輝きます。しかし、その光を受け取る器が整っていないため、光が魂の内側を覆って輝くわけではありません。それでも、人がこの知恵に取り組み、度々光を受け取ることで、上層からの恩寵が引き寄せられ、聖性と純粋さに満ちた豊かな祝福が与えられます。これが、人を完全性を得ることに大いに近づけるのです。
カバラの知恵の序文、項目5
5)したがって、「HaVaYaH(ハヴァヤー)」という名における四つの段階、ホフマ(Hochma)、ビナ(Bina)、ティフェレト(Tifferet)、マルフット(Malchut)が必要とされます。第一の段階であるホフマとは、実にすべての被造物、すなわち光と器そのものです。器の中にあるのは、すべての光を含んだ非常に大きな受け取りの意志です。この光は、「ホフマの光」や「ハヤー(Haya)の光」と呼ばれ、被造物にとっての命の光がすべてその器に宿っています。しかしながら、この第一段階ではすべてが光と見なされ、その中にある器は光と混ざり合い、蝋燭がたいまつの前で無化されるように、光の中で際立つことはほぼありません。
続いて第二段階(ビナ(Bina))が現れます。第一段階の終わりで、ホフマの器が、器の中に宿る上層の光との形態の同等性を強めたためです。これは、器の中にある光は本質として完全な授与の性質を持っているため、その性質に従って、エマネーター(発する者=クリエーター)に授与したいという意志の覚醒を意味します。
すると、この覚醒した意志を通じて、エマネーターから新たな光が器に伸びてきます。この光は「ハサディム(Hassadim)の光」と呼ばれます。その結果、エマネーターが第一段階で刻み込んだホフマの光からほぼ完全に分離します。なぜなら、ホフマの光は、完全に発達しきった受け取りの欲求という器、つまり自分自身の器でしか受け取ることができないからです。
したがって、第二段階の光と器は、第一段階のものとはまったく異なります。第二段階の器は授与の意志であり、その器の中の光は「ハサディムの光」と見なされます。この光は、授与の意志によってエマネーターとの形態の同等性を得た結果、エマネーターと被造物が内的に交わったことによって起こります。スピリチュアルな領域では、形態の同等性の意味は内的な交わりとなります。
次に第三段階が続きます。被造物の中の光がホフマの光のないハサディムの光に制約されてからは、ホフマの光が被造物の本質であることが知られたため、第二段階の終わりに覚醒し、ホフマの光を自身のハサディムの光の中で輝かせようとして、ホフマの光を引き寄せます。この覚醒によって、受け取りの意志がさらに伸ばされ、新たな器が形成されます。これが第三段階のティフェレト(Tifferet)と呼ばれるものです。新たな器の中にある光は、「ホフマの光に照らされたハサディムの光」と呼ばれます。この光の大部分はハサディムの光であり、ホフマの光はほんのわずかです。
その後、第四段階が現れます。第三段階の終わりでも、器が覚醒し、第一段階のようにホフマの光をすべて引き寄せます。この覚醒は「切望」と見なされます。第一段階の受け取りの意志と同じ切望ですが、第一段階の光から既に分離しているため、第一段階を超えた切望です。もうホフマの光が宿っていない状態から切望するからです。このようにして、受け取りの意志の形態が完全に決定します。器は光の拡張と制約によって決定されるということです。この後、光が戻ってくれば、器は再び光を受け取ります。結果として、器が光に先行することがわかります。そして、この第四段階で器が完成するとされ、その器は「マルフット(Malchut)」と呼ばれます。